宮崎県の森の中にある児童養護施設。浩之君は、そこで過ごした1年3カ月が、人生の中でもっとも楽しい日々でした。施設には、「甘えない」男の子をずっと気にかける保育士がいました。ぬいぐるみを用意した小学校卒業の日、浩之君は現れませんでした。それから24年、36歳になった彼は、すべてを捨てて家を出ました。目指したのは、あの児童養護施設でした。(朝日新聞記者、東野真和)
いつもにこにこしていた子
27年間、それは買った時の包み紙に入れたまま、押し入れに眠っていました。枕くらいの大きさの、ぶたのぬいぐるみ。宮崎県高鍋町の藤元(旧姓加藤)久美さん(66)は、どうしても捨てられませんでした。
藤元さんは、結婚前まで同県西都市の森の中にある児童養護施設で保育士をしていました。小学生以下の20人ほどの子どもや、他の保育士たちとの寮生活を送り、子どもたちからは、「加藤姉ちゃん」と呼ばれていました。
気になる男の子がいました。小学生の林田浩之君。
親の虐待から逃れて施設に来たと聞いていました。いつもにこにこしていましたが、争うように甘えてきたり、物をねだったりする子が多い中で、浩之君はその集団から一歩引いていました。夜、絵本を読み聞かせて眠らせる時に、近くに来て欲しいのか、ときたまエプロンのはしをつまむくらいでした。
伝えたかった「幸せに暮らして」
浩之君は、小学校を卒業後、施設を離れて岐阜県に引っ越すと聞いていました。
「最後に何かプレゼントをしたい」
みんなにプレゼントをあげていたわけではなかった藤元さんですが、「浩之君にどれだけのことをしてあげられただろう」という気持ちがありました。
「お祝い」というより「幸せに暮らしてほしい」という願いを伝えたいと思い、みんなで遊んでいる時の合間に、何げなく「何か欲しいものはない?」と聞いてみました。
「ぶたのぬいぐるみ」
(クマやネコならあるだろうけど……)
でも、それは初めてわかった浩之君の欲しいもの。市内のショッピングセンターに走り探すと一つだけありました。
「よかったあ」
卒業式の日に渡すためその場で買いました。
しかし、そのぬいぐるみは渡せませんでした。卒業式の後、他の子は施設に戻って別れのあいさつをしてから巣立っていったのに、浩之君は、戻って来なかったのです。
卒業式が終わると、待ち構えていた父親に連れられて、そのまま宮崎港からフェリーに乗ってしまったのですが、その時の藤元さんは、そのことを知るすべはありませんでした。
「なぜ戻って来なかったんだろう」
施設に入っていた過去を消したいと思っている子もいるので、無理に連絡先を調べて渡すわけにもいきません。とはいえ、捨てたり他の子にあげたりするのは「このまま浩之君とのつながりが切れてしまうのが嫌だった」のでできませんでした。
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Source : 国内 – Yahoo!ニュース